工房紹介

感謝しています

わたしは倉敷の田舎町で育ちました。2004年にインターネット起業し木製看板の工房を始めました。前職は電話関係の工事人。全く畑違いな職業からの起業です。

実は、以前は無一文でした。なにをやっても全くうまくいかず破産寸前。毎晩、来月の家賃が払えるかどうか不安で仕方ありませんでした。

実際、ただ無一文なだけでなく崖っぷちの状態だったんです。そしてある日、木製看板の彫刻師になりインターネットで注文をもらう。というアイディアを思いついたのです。腕一本で生きていこうと、けっこう重めの決心をしました。やったことも無いのにです。彫刻刀やノミなど持ったのも小学生以来です。

友達はもちろん、両親さえわたしのことを笑い飛ばしました。

彼らはそれは「絶対に無理」悪い冗談だと、わたしを夢想家で常識が無いと言いました。ある友人からは、わたしはオタクでバカげたことしか考えていない、気の毒に思われていたほどです。

そうかな?でも、わたしは気にしませんでした。そして自分のアイディアに自信があったので、いくつか木製看板を製作しネットで販売しはじめました。

もともと一匹狼気質。職人気質と時代のタイミングがマッチし、今ではおかげさまで累計製作1000件以上。天台宗・真言宗・浄土宗・浄土真宗・臨済宗・曹洞宗・日蓮宗など各仏教宗派、企業、大学、国の機関からも製作注文をいただいております。

1000人以上のお客様に助けられ今があります。本当に感謝しています。

木製看板を作っている人やネットで商売している人が周りにいなかったので教えてもらうことも聞くこともできません。だから板選びから文字の彫り方、塗り方、ホームページの作り方まで、試行錯誤の連続。独学です。今もまだまだ勉強中です。起業当初は本当に飯が食えませんでした。

その気になればできるもんですね

上の写真は起業当初の工房です。軽トラックの荷台を改造した移動工房が初代の工房です

2代目の工房はアパートの少しのスペースへキャンプなどで使う日よけターフを張り、その中で作業。夏は暑い、冬は寒いでした。季節を肌で感じておりました。

3代目の工房はガレージで。この中で作業をしていました。

ついに奇跡が起こりました

起業から今現在まで、たくさんの人に助けられ今があります。本当に感謝しています。

わたしの師匠です

戦前に作られたという木製看板です。わたしの師匠です。

インターネットで購入。この一枚の古い木製看板からカマボコ彫り、薬研彫り。文字の塗装など、いろいろ研究でき学ぶことができました。

文字はどうやって塗装しているんだろう?と思い塗装を剥がしてみました。

文字を彫って、すぐ黒色を塗っているのではなく、なにか下地を付けていることがわかりました。

その当時の材料で考えられるのは「とのこ」と「漆」かなと想像。なるほど、なるほど、こんなふうに彫って塗ればいいのか。実際にやってみるのですがなかなかうまくいきません。いろいろ試し七瀬流にアレンジして今の木製看板製作に至っています。